アピールを恥ずかしがるのは「もったいない」/文・野口健

日本人は、アピールがあまり上手ではないと言われる。

アピールという言葉を「自己主張」と言い替えると堅い印象があるが、アピールには「自己表現」という意味も含まれているのではないだろうか。

僕が山に登り始めたのは、もともと自分をアピールしたいと思ったからだ。

もちろん、登山を始めた高校時代とはやり方が異なるが、基本的に変わらないのは、七大陸最高峰登頂にしても、清掃登山やシェルパ基金にしても、絶えずどこか出てくるのは、前例がないことに対する挑戦だったような気がする。

七大陸の挑戦中には「おまえには10年早い」と言われた。清掃登山やシェルパ基金も「目立とうと思って」「隠そうとしたことを発表しやがって」と、さんざん批判されたこともある。しかし清掃登山などは、最初は微力だったが、いまではさまざまな人が参加してくれるようになった。

意識はしたことがなかったが、僕のアピールの仕方には、子どものころから共通する部分があるようだ。その根底には、規則や体制、あるいはタブーに対する反発などがあったように思える。

僕は中学、高校時代はいわゆる落ちこぼれだった。進級も「仮」扱いだったほどだ。しかし、僕が単なる落ちこぼれのままでいたくなかったのは、荒れていた中学から高校時代のころ、外交官だった父が言っていた言葉が心の中に響いていたからだろう。

「大使なんて肩書きは退職したら何にもならない。だから、おまえは肩書きにこだわるんじゃなくて、野口健が肩書きになるような生き方をしろ」

いわゆる落ちこぼれで、どこかクサっていた僕が劣等感を持たないようにと、父はこう言って励ましてくれた。高校生の僕にとって肩書きという意味はよく理解できなかったが、大人になってこの意味がよくわかった。

中学、高校時代に突っ張ったのも、ケンカをしたのも僕の自己主張のひとつだ。山をやると決めたのも、僕を落ちこぼれ扱いする学校や級友を見返してやりたいという、僕なりのアピールだったのだ。

アピールは、人によっていろいろなスタイルがあると思う。自分の地域のゴミを拾う。地域の人たちとすれ違うときに軽く挨拶をしてみるなど何でもいい。

少しのアクションでも、ちょっとしたさざ波が起こる。1人から2人、3人と、小さな波が大きな波へと変化する。それがいち地域から日本全国、さらには世界へと広がっていくと、僕はうれしい。アピールを恥ずかしがるのは「もったいない」のだ。

a0083222_11193260.jpg

[PR]
   by mottainai-lab | 2009-12-11 11:19 | 野口健 | Comments(0)
  
<< 旬の大根でもう1品/文:島本美由紀 photo theater ~... >>

CALENDAR

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

ABOUT MOTTAINAI Lab

ちょっとしたモッタイナイをみんなで集めて考える、ありそうでなかった研究所。

ABOUT 研究員Blog.

ものの価値をとことん生かす方法を考えるためのキーワード、MOTTAINAI。さまざまなジャンルのエキスパートの日常に、MOTTAINAI目線を持ち込んでいただきました。「もったいない」からビックなアイディアが生まれる日がくるかも!?


ラボスタッフブログ

MOTTAINAI Home

MOTTAINAI Shop

安藤美冬 安藤美冬
Profile
黒田昌郎 黒田昌郎
Profile
島本美由紀 島本美由紀
Profile
真珠まりこ 真珠まりこ
Profile
セキユリヲ セキユリヲ
Profile
滝田明日香 滝田明日香
Profile
Char Char
Profile
永田哲也 永田哲也
Profile
長野麻子 長野麻子
Profile
仁科幸子 仁科幸子
Profile
ハセベ ケン ハセベ ケン
Profile
守時タツミ 守時タツミ
Profile
山田悦子 山田悦子
Profile
寄藤文平 寄藤文平
Profile
ルー大柴 ルー大柴
Profile